奈良旅日記

 五月最終週、吉野にある金峯山寺の蔵王権現特別拝観(六月四日まで)に背中を押されて、奈良に旅行新居って参りました。
 例年だと桜の時期のみ特別拝観で、歩けなくなるほど混雑するという噂の吉野に後込みしていたのですが。桜も終わった今ならまあまあシーズンオフだしね、と。

 深夜バスで奈良までゴー。ちょっと良いバスなので眠れるかなと思ったのですが、やっぱり眠れないですね。後に倒せるイスとはいえ、気兼ねして倒せないし。それでも奈良まで八時間以上あるので、何度か眠った(というか気が遠くなったというか)で、朝六時半頃奈良に到着。
 
 吉野の前に、今回同行してくれた友人の希望で石上神宮へ。正しくは友人夫妻、と私。おさるのジョージかひつじのショーンでいいから、私も配偶者連れだったなら自然なのに、という一見してつながりのわからない三人組でした。
 いや婿が猿だったらそれはそれで不自然なグループだな。
 
 JRで行くと十五分くらいで着く天理駅が最寄り駅ですね。
 私は以前石上神宮に参拝したことがあるので、天理駅前のすてきな宗教都市っぷりを知っていたのですが、今回初の同行者二人は大変楽しんでいただけたようでなによりでした。
 天理は、いわずとしれた天理教の本部がある市。駅前商店街はゆかりのある品々をうる店が軒を並べ、駅からは神道系+工場のような不可思議な建物が点在というよりは密集しています。
 タクシーの車窓からあれこれ建造物をみつつ、石上神宮へ。
 ここは本当に素晴らしい。一歩中に入ると空気が変わる。ちょうど朝のお勤めの時間だったので、神官方の唱える祝詞が、美しい音楽のように社殿に満ちていました。
 素晴らしいですね、と受け付けてくださった神官に言うと、毎朝のお勤めが社殿に満ちて、よけいに声がよく聞こえるのではないか、というお答えが。毎日誠意をもってお勤めをしていらっしゃる神職の、当たり前の自負が感じられるお言葉でした。
 それから鶏。かわいいにわとりが多数放し飼い。タクシーの運転手さんによると、夕方網ですくって回収するそうです。そんなばかな、と思いましたが、ここの鶏の慣れっぷりを見ると、「あもう夕方なのね。あらよっと」と網におとなしく掬われていてもおかしくないな。

 帰りは天理教関係の建物群を見ながらぶらぶら駅へ。と書くと信者の方に怒られてしまいそうですね。私はすべての宗教を興味をもって傍観しているので、天理や新興・新新興宗教を侮辱する意図は全くありません。


 しかし暑い。寝不足と暑さで、もう一日終わった気になりながら(午前十時)、本命吉野へ。天理からJR(近鉄に乗り換えようとして電車間違えた)で吉野口、そっから近鉄で、だいたい、天理から一時間半くらい、だったかな。二時間はかかってない気がする。
 吉野は初めてで、修験道に興味があったので、吉野奥駈道の入り口くらいまででもいけたらいいなあ、と思っていたのですが、なんと入り口も入り口、金峯山寺で力つきたこのていたらく。 
 みんな暑さが悪いのです。
 お昼はやっこというお店で柿の葉寿司。うまいよー。魚に塩っけが強くて、食べたことのない味。もともと、鯖を塩づけにして吉野まで運んでいた名残のしょっぱさだと同行者がもうしておりました。普段食べなれているのはここまで塩っけがなかったから新鮮。ごはんの加減も、まとまっているんだけど食べたら柔らかく崩れる固さ。おいしかったよ。ほかにもたくさんお店があったので、今度行ったら食べ歩きたい。

 お昼を終えて金峯山寺へ。蔵王権現は、修験者たちが信仰している権現で、吉野のは青い色が特徴です。
 大迫力。
 青く大きな三体の仏像に魂を抜かれそうでした。あわわわわ・・・と意味不明の感嘆なんだか呻きなんだかが出てくるほどの迫力と美しさ。
 山そのものを仏にしたような権現でした。
 生写真ほしい、とアイドルコンサートに行ったような熱の浮かされようでしたが、生写真なかったよ! 本気で悔しい。権現生写真ほしいよう。
 脇にいた持国天様もりりしくて美しかったです。

 あとケーブルカー怖い。低いのに怖い。尺取り虫のように動くのはやめてくれ。
 

 感動なんだか疲れなんだかぐったりしながら宿のある飛鳥へ。途中、JRにはスイカで乗ったのにスイカで精算できなくて、電車を一本おくらせて窓口で精算するハプニングなどもありつつ、飛鳥へ。
 五時になると見学施設がほとんど閉まるということだったので、宿の近くにある石舞台だけ見学しました。
 伝・蘇我馬子の石室。諸説あるようですが、発掘された当時から棺がなかった(壊れていた)そうで詳しいことはなにもわからず。巨石を天井にした石室の中は日が差し込んでひんやりとした不思議な空間でした。
 
 宿は祝戸荘。研修施設なのでお布団の上げ下げとかご飯の配膳とかセルフなのですが、部屋が独立しているので(二部屋で一棟)周囲の音が気にならず良いところかと。周りは棚田が広がっています。苗の並んでいる風景を楽しみにしたのですが、このあたりは日照時間の関係で晩稲で、六月中旬頃に田植えをするとのことで、まだ水藻は言っていなかったです、残念。
 布団すばらしい、横になって寝られるの最高だね、といいつつ、同行者の男性が九時前にそうそうに眠って後目に、女性二人はもうろうとしながらシャーロックを見たのでありました。がんばった。
 この日の歩行距離十四キロ(携帯電話調べ)。




   二日目。
 朝七時前に起床したのに、窓の外からは「きょうもあっつくなるぞ!」という気配しか感じられない。猫に噛まれないで起きるってすばらしいね。
 
 友人に「私今日も吉野行って権現様見て柿の葉寿司食べてもいいわ」といったら案外まじめに「それいいね」と言われたので、あやうく吉野行きの電車にのりそうでしたが思いとどまり、今日は奈良市街。

 天皇陵とか猿石とか見たけれど、飛鳥の一番の思い出は駅前の農産物直売所で買ったアスカルビー(いちご)。駅で三人で食べたおいしかった。柿の葉寿司もたべたおいしかった。お店によってぜんぜん味が違うのね。当たり前なんだけど食べ比べるとここまで違うのか、と驚きます。
 
 奈良に戻って鹿とか元興寺とかおみやげとか。商店街で猫祭りしてました。ベルギーのじゃないよ。猫グッズ並べてたり、猫の看板が出てたりしていました。道ばたで猫写真展もしてました。和菓子屋さんで肉球(水菓子)とか猫顔(饅頭)とか売ってたけど、食べられないので買わなかった。無理。かわいすぎて食べるの無理。

 お昼は駅前月日亭で柿の葉寿司。二日で五店食べ比べました。阿呆なのか。
 
 食後、不退寺へ。町中にあるのに、山門をくぐると静かで心地よいのは植物が多いのと池があるからなのだけれど、それだけとも言い切れない、ほっとする清浄さがある気がします。
 本堂で説明をお聞きして、拝観しながら朱印帳をお願いし、書き終わったらお声をおかけしますね、というお言葉に、「あんまり待っているそぶりでせかすのもな」と静かに拝観し、いくらなんでももう書き終わってるはずだよね、とお坊さんを見たら、船をこいでいらした・・・わかります、熱心に拝観してたからじゃましちゃだめだと思ったんですよね。遠慮深い方でした。
 こちらのご本尊は聖観音。白塗りのごふんがはげてはいるのだけどまだ白さも残っていて、ふんわりと清げな観音様です。脇を五体の明王が囲んでいるので、お姫様と、お姫様を守るゴレンジャーという雰囲気。
 こちらの明王像は藤原時代の作で、明王といっても穏やかな気品ある姿をしておられます。

 京都から新幹線で帰路についたのですが、暑くなければもっといろいろ見て回れたのにな、と少し残念に思いました。でもやっぱり旅は面白い。
 

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